猫とネコとふたつの本棚猫の古典・伝承文学>清少納言「枕草子」 
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「 枕草子 」   
清少納言
 (せいしょうなごん)

平安時代(995〜1000年頃?)   
随筆
登場ニャン物=命婦(みょうぶ)のおとど

 

【推薦:管理人】

 『枕草子』と猫、と言えば、まず思い浮かぶのが『命婦のおとど』(命部のおとど、命婦の大臣等の表記も)。一条天皇の愛猫である。また、日本の文献史上に登場する猫の名前としては最古の名前でもある。

 この猫、五位の爵位を授かって、専用の乳母(もちろん人間)をあてがわれ、それは大切に育てられていた。当時の貴族達が猫(唐猫)を飼うときは、ひもを付けて貴重品扱いするのが普通だった。

 命婦のおとどが推定生後半年くらいのときに、『枕草子』に書かれた事件がおこった。 『うへに候ふ御猫は』の段に書かれた有名な事件である。以下、そのあらすじ。

 その日、命婦のおとどは、縁先でひなたぼっこしながら寝ていた。縁側の日だまりで昼寝する猫、今も変わらぬ猫の至高のいっとき。が、当時の高貴な女性は他人に姿を見せないことになっていた。いやしくも天皇のご寵愛ふかき貴婦人(猫だけど)が人目につく縁側で寝るなんてはしたない。乳母の馬命婦が「お行儀が悪い。こちらへいらっしゃい」と呼ぶが、猫は動かない。当然だ。ひなたぼっこ中の猫が来るものですか。乳母はふざけて、「翁まろ、どこにいるの。命婦のおとどに噛みついておやり」と言った。翁まろとは犬の名である。バカ正直な犬は本気にして猫に飛びかかる。猫は驚いて室内に逃れ天皇のふところへ飛び込んだ。天皇は立腹した。「翁まろを打ち据えて犬島に島流しにしてしまえ。乳母も取り代えよう」。犬の翁まろはかわいそうに男達に打たれて島流しにされてしまった。

 ところが、その数日後、翁まろは帰ってきてしまう。それを見つけた蔵人2人がまた翁まろを打ったところ、死んでしまったので、門の外に捨てた。さらにその夕方、ひどい恰好の犬があらわれたので、「翁まろだろうか」と人々が騒ぎ、「翁まろ」と呼んでみるが、犬は返事をしない。「翁まろなら必ず返事をするはずだ、別の犬だろう」ということになり、「大の男が二人がかりで打って死んでしまったといっていたのだから、翁まろは死んだのだろう。」と皇后も気の毒に思う。
 翌日にもその哀れな犬はいた。清少納言達がうわさして「それにしても翁まろはかわいそうだった」と言ったら、その犬がぽろぽろと涙をこぼした。「さてはやはり翁まろか」と呼ぶと、今度は返事をする。「犬にもこのような心があるのだ」と女房達もうち騒いで、ついに翁まろは許されて、また天皇家の飼い犬に戻った。・・・というような話である。

 この話の主人公は犬の翁まろだが、そのきっかけとなったのは猫の命婦のおとど。犬と猫の取扱いというか身分の差がすごい。猫は爵位を与えられ乳母をつけられ大事にされているが、犬は庭をほっつき歩いていたらしい。猫を追いかけたのも、犬にしてみれば、命令に忠実に従っただけ。なのに何回も男達になぐられては捨てられてしまう。犬にしてみれば踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだろう。

 清少納言は犬派とされている。それはこの話の中で、清少納言が涙した翁まろに同情して 「物のてをさせばや(傷の手当をさせたいわ)」 と言い、皇后様に 「これをついでに言ひあらはしつる(翁まろびいきという心をついに白状してしまいましたね)」 と言われる場面があるからだろう。

 でも私は、本当に清少納言は犬派だったのかと疑わずにはいられない。犬派でなくとも、清少納言くらいに感受性の鋭い女性なら、翁まろの身の上に同情したとしてもなんの不思議はないと思う。またこの話によると、翁まろと親しい人物は清少納言ではなく、右近という女房だった。清少納言が日頃から翁まろをかわいがっていたかどうかは不明だ。むしろ清少納言は猫により惹かれていたのではないかと思われるふしもある。

 その第一は、『枕草子』には『猫は』という段はあるが『犬は』という段はどこにもないという点である。

 「猫は、上のかぎり黒くて、ことはみな白き。(猫は、背中の方が黒くて、ほかは真っ白なのが良い。)」

 動物では他に、『牛は』 『馬は』 『鳥は』 がある。牛は牛車を引く大事な動物、馬は今の自動車のようなもの、歌詠みに鳥はつきもの、そして『猫は』なのである。猫は貴重な輸入品だった、とはいえ、牛や馬のように役立つ動物ではないし、歌に猫はまず出てこない。にもかかわらず、一文だけとはいえ『猫は』とわざわざ言及している。

 これだけなら、清少納言は単に高級ブランド好きなだけだった、という解釈もできるかもしれない。当時の唐猫は高級ブランド品のひとつだったに違いないのだから。
 が、まだあるのだ。

 「なまめかしきもの。・・・{中略}・・・簀子の高欄のわたりに、いとをかしげなる猫の、赤き首綱に白き札つきて、いかりの緒くひつきて、引きありくも、なまめいたる。・・・{後略}。  (優雅なもの。・・すのこの高欄のあたりに、とても可愛い猫が、赤い引き綱で結ばれていて、白い札がついていて、重りの緒にじゃれついて引っ張っているのも、優雅なものだ。)」

 猫がじゃれている様子を、貴公子の直衣姿や、若い美人女房と同列にならべて、優美だといっているのである。
 さらに、きわめつけはこれ。

 「むつかしげなるもの。 縫ひ物の裏。猫の耳のうち。・・・{後略} (むさくるしく見えるもの。縫い物の裏。猫の耳の中。)」

 清少納言の観察眼の鋭さは今更言うまでもないけれど、それにしても猫の耳の中とは!そんな場所、実際にのぞき込んだことのある人でない限り、多分絶対に思いつかないだろう。私はこの一文で、清少納言はきっと猫を抱っこしたことがあるのだろうと思わずにはいられなかった。猫が暴れていては耳の中まで観察できない。おそらく猫が膝の上で寝てしまい、清少納言は猫を起こさないようにそっとなでたり耳をいじったりしているうちに、ふと、耳の中の複雑な構造に目をとめたのではないだろうか。ぬいぐるみのようにかわいい猫の体の中で、耳の中というのは妙に生々しく、似つかわしくない場所なのだ。そんなところに目をとめた清少納言はさすがとしか言いようがない。むさくるしい=マイナスイメージ=猫嫌いと解釈するより、抱かなければ普通目にしないようなところまで見ているという点の方を、私は評価したい。

 それに対して、犬に対する目のそっけないこと。翁まろ事件の時こそは犬に同情していたけれど、他の場所ではどこもマイナスイメージである。

 「すさまじきもの。昼ほゆる犬。・・・{後略}  (興ざめなもの。昼間ほえる犬。)」

 「にくきもの。・・・{中略}・・・また、犬のもろ声に長々と鳴きあげたる、まがまがしくにくし。 (にくらしいもの。・・・また、犬が声を合わせて長々と鳴くのは、不吉な感じで、にくたらしい。)」

 他にも、夜更けに鶏を犬が追いかけて大騒ぎとなって、という場面も出てくる(『大納言どのまゐりて、文の事など奏したまふに』)。どうも清少納言は犬=吠えるというイメージが強かったようだ。騒々しく吠えたてる犬が好きではなかったように思われるのだが、どうだろうか。

 猫の話とはいえないけれど、こんな文章もある。

 「にげなきもの。・・・{中略}・・・おいたる男のねこよびたる。・・・{後略}」

 にげなきものとは、似つかわしくないもの、という意味。年老いた男が「ねこよびたる」のは似つかわしくないと、清少納言は書いている。この「ねこよびたる」の意味については諸説あるようで、字義通り猫を呼ぶという意味、そこから派生して猫なで声の意味、一説では「寝によぶ」で寝て呼ぶ(うめく)意味、など、決まっていないようだが、猫なで声と訳してあるのが多い。私はもちろん、猫なで声と解したい。それも、できれば、本当に猫を呼んでいる猫なで声。いつもは偉ぶって文句ばかり言っている頑固じじいが、子猫がちょこまか走るのを見て思わず「お〜よちよち、いい子でちゅね〜」と声が裏返っちゃった、似つかわしくなくて可笑しいわ、と、そんな場面を想像してしまう。

 あと一カ所、猫という単語が出てくる。

 「品こそ男も女もあらまほしき事なんめれ。家の君にてあるにも、たれかは、よしあしを定むる。それだに物見知りたる使人行きて、おのづから言ふべかんめり。ましてまじらひする人は、いとこよなし。猫の土におりたるやうにて。」

 この最後の「猫の土におりたるやうにて」の意味が学者の間でも分かれるらしい。「猫の土におちたるやうにてをかし」となっている写本もあり、ますます混乱する。猫が土の上におりているように人目につく状態であるからの意、とか、土に降りた猫のように品がない、の意、などとされる。猫が土の上にいる(落ちた)というのは、品格がないことであったらしい。それだけ猫は大事に室内で飼われていたということか。
(2005.1.18 管理人)

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